2005年03月29日

<スマトラ沖地震>街が崩壊、炎上 暗闇での救出、困難極める

インドネシア国軍は29日、スマトラ島西方で28日起きたマグニチュード(M)8・7の大地震で、住宅倒壊による被害のほか、同島西岸のアチェ州南部で津波の被害があり、住民多数が波にのまれ行方不明となっていることを明らかにした。
住宅倒壊では、死者が2000人に上る可能性がある沖合のニアス島以外に、
同島北方のシムル島で少なくとも25人の死亡が確認されており、被災地域は今後広がりそうだ。


「あのツナミを考えるだけで怖い」
約30万人の死者・不明者を出したスマトラ沖大地震による大津波から3カ月。復興に向けて歩み出していたインド洋沿岸の人たちを再び悪夢が襲った。
震源に近いインドネシア・ニアス島では多くの建物が倒壊した。
闇の中を逃げ惑う人々。飛び交ううわさでパニックになり、避難中の交通事故で死者も出た。
現地で暮らす日本人の間では、前回の教訓を生かして、独自の「連絡網」で安否を確認し合う人たちもいた。


ニアス島 多くの住民、生き埋めか?

大きな被害が伝えられるインドネシア・ニアス島では、昨年12月のインド洋大津波に続く恐怖の再現に住民らがパニック状態となった。
AP通信によると、同島東岸の中心地グヌンシトリでは、建物の大半が倒壊し、多くの住民が生き埋めになっている模様だ。
インドネシア国軍によると、空港付近だけでも約500軒の建物が全壊。
市全体では少なくとも1万〜1万5000人が避難しているという。

AP通信によると、現地のキリスト教会の神父は
「街は完全に破壊され、炎が上がっている」と語った。
数千人の負傷者が出ているが、津波の襲来を恐れた医療スタッフは高台へ避難してしまったという。
現地警察当局者は「30分おきに余震に襲われているうえ、電力が途絶え、
暗闇の中での救出作業は困難を極めている」と語った。

ニアス島は、3カ月前のスマトラ沖大地震・大津波では、潮が引いた浜で魚を取っていた漁民など300人以上の死者・不明者を出し、1000戸以上の家屋が破壊され、約1万人が家を失った。依然、避難生活を送っている住民も多い。


バンダアチェ 市民は一時、パニック状態に

「あの波が再び来るかと想像するだけでぞっとする」。
インドネシア、スマトラ島北端の元英語教師は28日深夜、
激しい揺れを感じて、家の外に飛び出した。
市内では「津波がやってくる」とのうわさが飛び交い、市民は一時、パニック状態に。
多くの市民は屋外で待機し、津波の危険があれば、すぐに逃げ出せるように備えたという。3時間後にようやく、ラジオ放送が津波の心配はないとの情報を流し、パニックは収まった。
「怖くて、少なくとも2時間は家に入る気がしなかった」と恐怖の数時間を振り返った。自宅は昨年12月の津波で跡形もなく流され、今も親類宅に避難し続けている。

また、毎日新聞助手は、バンダアチェ市内の自宅で寝ていたところを地震でたたき起こされた。自宅は海岸から4キロほど内陸に入った場所。
昨年12月のスマトラ沖大地震では津波被害を受けなかったが、毎日新聞の電話に「それでも怖かった。妻と一緒にバイクで30分ほど行った山の中にあるモスクに逃げた」と話した。
市内の道路は避難する人たちでごった返していたという。
バンダアチェでは29日未明までに津波がこなかったため、自宅に戻った人もいるが、モスクでは、29日朝現在も約40人の住民が避難を続けているという。


スリランカ 混乱で交通事故死も

昨年12月のインド洋大津波で甚大な被害を受けた、津波を警戒した避難騒ぎで、男性が交通事故死したという。

政府が、海岸地域からの避難を呼びかけているとの内容で、昨年12月の大津波での教訓が生かされた形だった。
ところが、避難時のパニックは想像以上。
「12月の津波の記憶が強く、みんなおびえていた。車や徒歩で内陸を目指し、必死に逃げた」という。
死亡した親せきは、津波の危険性を海岸近くに住む兄に知らせるため、海岸方向にオートバイで向かっていたという。内陸に逃げるトラックと衝突して頭を強く打ったという。ほかにも、多くのけが人を見かけたという。
発生から4時間後、テレビやラジオが津波の可能性を否定するニュースを流し始め、避難者も家へ戻りつつある。

毎日新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050329-00000187-kyodo-int


http://www.securitynet.jp/bousai/index.htm

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